木原直哉オフィシャルブログ

プロポーカープレーヤー、木原直哉が、思ったことを書いていきます。道場やってます。https://lounge.dmm.com/detail/308/

職業や人の貴賤とポリティカルコレクトネス

最近、政治的正しさ、ポリティカルコレクトネスに関して色々世間の目が強くなっています。

例えば

・人間は皆平等

・ハラスメントは良くない

・職業に貴賤はない

その他多数。

 

https://twitter.com/key_poker/status/1268539818805473281

https://twitter.com/key_poker/status/1268540009885454336

 

これは以前とったアンケート。

合理的に考えると、

「○○県はOKで、××県はダメ」と「○○国はOKで、××国はダメ」

ってのは、全く同じであるべきですよね。でも、回答は結構違うし、違った回答になると思ったからこそ自分もアンケートにしてみたわけです。

とはいえ、ポリティカルコレクトネス的には差別に当たるから、おおっぴらにこれらを合理であると発言することははばかられるし、ましてやメディアに出る人は心で思っていても絶対に発言出来ないことでしょう。

 

「社長と社員は、会社の内部で立場や役割が異なるだけであって、人間としては平等である」

これも、ポリティカルコレクトネス的には正義とされる発言でしょう。

しかし、実際どの程度の人がこれを本音で肯定しているのでしょう。

 

一般的に、被差別側はポリティカルコレクトネスに敏感、繊細になります。ポリティカルコレクトネスが当然になったら得をするので。

一方、特権階級側は

「ポリティカルコレクトネスは建前に過ぎない」

と思う割合は多いでしょう。特に自分自身が努力してきたことでその地位を確立した人は。

 

ポリティカルコレクトネスに敏感な側は、建前だと思って行動する人を空気の読めない気持ち悪い人と思うし、建前に過ぎないと思っている人は、自身の特権だと思うがゆえの行動がどれだけ気持ち悪がられているかになかなか気づけないです。

ポリティカルコレクトネスに敏感な側の行動は、建前に過ぎないと思っている人からするとうざいと思うし、ポリティカルコレクトネスが絶対だと思っている人は、子供の頃から努力して特権的地位を勝ち取った人の背後の努力になかなか気づけないのです。

この対立って、世界のあちこちで見られるものだと思います。

 

ポリティカルコレクトネスって、一つの正義です。

しかし、正義が対立するのは悪じゃなくて正義です。

「努力したりリスクを負って勝ち取った資産や地位は正当に評価されるべきである。それが世界の発展につながる」

というのも一つの正義なのです。

 

上の国や県のアンケートについても、国というものを一つのまとまりと見なす人が多いことの現れかなと思います。県については同じ国民だから差別、でも国籍に関しては、過去の自分と同じ国の先人の行動の結果である、という感覚。

 

 

職業の貴賤はあるか、という話があります。コロナ騒動で、更にそれが可視化されたように感じられます。

「職業に貴賤はない」

「社会のために役立っている職業は高く評価されるべき」

この対立ですね。

自分のポーカープロという職業は、明らかに「賤」に分類されるでしょう。

「お前は何も生産してないじゃないか」と何度言われたことか。

 

しかし、それは一つの正義に過ぎない。正義を主張する時は、相手に悪を押し付けようとしているけど、よっぽどのことが無い限り、世間全体が総意として認める悪なんてないんですよ。

姥捨て山の故事は知ってると思うけど、今の時代なら当然犯罪だし、認められない。しかし、昔の生活が厳しかった時代だと、致し方ないことだったわけです。

ポリティカルコレクトネスというのは、世の中が豊かになってきたことによって初めて存在できるようになったわけで、世の中が豊かになったのは「職業に貴賤はある」と思っていた世代の経済活動の結果なのです。

 

 

どんな正義感を持っていても構わないと自分は思います。

ただ、世の中を賢く生き抜く上で、自分の正義感と違う正義感の存在についても学ぶべきだし、同調は出来なくても理解すべきだと思うのです。

それが出来ないと、「非常識なやつ」や「老害」となるんじゃないかなと。

 

一方で、自身の正義感を他人に押し付けようとするのは慎重になるべきです。ポリティカルコレクトネス側も老害側も、どちらも価値観の押し付けが激しい。

そして、そういう人が身近に居たら、仮に自分自身と近い正義のスタンスの人であっても、ある程度の距離を取って付き合うのが得なのではないかと思うのです。

 

まあ、この意見も自分の「正義感」に関する正義に過ぎないです。ただ、正義感は押し付けようとしても広がらない。共感、同意してもらって、同じ側に入ってもらおうとする、それが大切なんじゃないかなと思います。