木原直哉オフィシャルブログ

プロポーカープレーヤー、木原直哉が、思ったことを書いていきます。道場やってます。https://lounge.dmm.com/detail/308/

マイノリティーの意見を広く認知してもらうということ

ポーカーというゲーム自体はそれなりに広まってきていますが、未だに

「ポーカーで食っている」

と言うとまず、

「何それ」

から始まります。そして、

「ギャンブルで食べているなんて良くない。もっと世の中の役に立つことをすべき。安定した生活をした方がいいよ」

となります。

 

自分は、ポーカーというゲームを広く知ってほしいし、ポーカープロという職業も認知して欲しいです。しかし現状では、反対される以前に、そもそも認知がされていない状態なのです。

例えばですが、性的マイノリティーとされるLGBTは10%前後います。

マイノリティーと言いつつ、結構多いんですよね。

しかし、自分のようにゲームで食べている人は、囲碁将棋のプロ、野球やサッカーやゴルフやテニスのプロを広く含めても、全然1%に届かないです。LGBTに続く、PZNと、同じような割合なのかもしれません。聞いたこともない単語だと思うのなら調べてみてください。

 

 

これから書こうと思うことは、職業や性に関係なく、ごく一般的なことのつもりです。

基本的に広く一般に受けいれられていると言えない意見は、割合はともかくとして必ず賛否両論出ます。

その時に、否定論者を賛成側にくら替えさせるのは無理とは言わないけど、非常に困難です。だったら議論の価値がないか、というと自分はそう思いません。賛否両論出るものは、むしろ判断を保留している人の方がむしろマジョリティーという事が多いんじゃないでしょうか。そして、賛成同士、賛成と中立、賛成と反対、賛成と反対と中立、色々な立場で議論をして、

「現状判断を保留している人を、賛成側に引き込む」

ことを目指すのが最善じゃないかと自分は信じるのです。

 

それ以外の、防衛問題にしろ、政治問題にしろ、菜食だったり肉食だったり、教育方針だとか、核とかエネルギー問題。その他の色々な問題に関して、マイノリティー側がついついやってしまいがちだけど、やっては損だと思うのは

「反対の立場の人を、排除しようとすること」

「主張を聞かせる為に、その場の節度を守らないこと」

ではないでしょうか。

さまざまな問題で中立側の立ち位置にいて、非常に思うのが

「今はマイノリティー側であるこの集団(や考え方)がマジョリティーになった時、マイノリティー側の意見の人を弾圧、排除しようとするだろう」

ということです。そうなったら危険であると考えるので、中立側の人を味方に引き入れにくいのです。

「今は意見を聞いてもらえないから無理な方法を取ってでも聞いてもらうけど、マジョリティーになったら穏便にするよ」

と言われても、それを信じるなんて無理なことです。

 

 

自分はポーカーのプロとして、自身のゲームの他に普及的なことにも出来る範囲で頑張っているつもりです。

多分、派手なことをしてもっと目立った方が、一時的にはより認知度が上がるでしょう。しかし、そうやって上がった認知度は、認めないという側への認知にもつながります。

一見遠回りに見えても、

「ポーカープロってやくざっぽい印象だけど、実際はちゃんとしてそう」

という認識をゆっくりと時間をかけて持ってもらう。その方が長期的に見て、ポーカープロというものへのプラスの認知が広がるんじゃないでしょうか。

結局、ポーカープロの認知度を上げたいと言うのは、ポーカープロという職業を知ってもらいたいということではなく、ポーカープロを肯定的に捉えてくれる人を増やしたいのですから。

 

その上で、外から見た業界のイメージを悪化させる可能性が高いにも関わらずそれを貫こうとする人。

その人は、既存の仲間からの高評価を得ることは出来ても(またそういうところからの収入にもつながる)、本来の目的である肯定的に捉えてくれる人を増やすという目的から外れてしまうんじゃないでしょうか。

業界のことを思ってと言うかもしれないし、認知度を上げるためと言うかもしれないし、実際に利己主義じゃなくその通りかもしれないのですが、自分にはこのような行為は独善的で利己主義な行動と、結果としては何も変わらないんじゃないかと感じるのです。

 

まとめると、肯定的な認知を広めたかったら、その場のマナーを守り、反対の意見全体を必要以上に否定せず(各論客の具体的な誤りは指摘しますし、それは必要内だと思います)、既存の中立や無知識の人がこちらの陣営に好感を持ってもらうように行動する。

ポーカーを広めるに当たって自分がすごく意識していることでもあるし、とても大切なことだと思ってます。