木原直哉オフィシャルブログ

プロポーカープレーヤー、木原直哉が、思ったことを書いていきます。道場やってます。https://lounge.dmm.com/detail/308/

相対的と絶対的、良いと悪い

ツイッターとかで見ていて、よく思うのです。

相対と絶対を混同して使っている人があまりにも多い、と。

 

主に、「良い」「悪い」という言葉に関して。

「良い」「悪い」とか、「大きい」「小さい」、「多い」「少ない」、「強い」「弱い」と言うのは、相対的な評価を表す言葉です。

ある日本人の身長185センチと言うと文句なく「大きい」ですよね。それは平均的な日本人と比較しているわけです。一方、NBA選手の身長が185センチと言うと、「小さい」です。それは平均的なNBA選手の身長と比較するからです。

身長185センチという数字が、絶対的に大きかったり小さかったりはしないのです。

良い悪いも同様で、比較でしか語れないものなのです。

 

よく治安の問題で

「日本でもこういう事例はある。だから日本が治安が良いなんて言えない」

という文章を目にします。

でもですよ、「良い」は比較を表す言葉なので、それより治安が良い国をそれなりに指摘しないと

「日本の治安が良いとは言えない」

という発言は間違いなのです。

 

そして、「良い悪い」は相対でしかないので、

「良い=改善するところがない」

でもないのです。

他と比較して、確かに良い。でもまだ良くする余地はある。そこを良くしていこう、となるのです。

藤井聡太二冠は将棋が強い。これを否定できる人はほぼいないでしょう。

しかし、藤井聡太二冠でも、まだまだ強くなれる部分はめちゃくちゃたくさんある。

 

なので、

「○○という事件があるから、日本は治安が良くない」

と主張した人がいたら、それに対する感想としては

「良い、という言葉の定義を勘違いしているし、それによって「から」という言葉が何も因果も示せてない」

となるのです。

 

これがもし、比較対象が

「話者の理想とする完全に犯罪がない世界」

だったとしたら。

それなら、

「日本の治安は良くない」

と言って良いでしょう。

しかし、理想とする世界との比較なら、世の中全て治安は悪いことになるし、「日本の」と限定する意味もないし、そもそもこの文章自体何も意味しません。

藤井聡太二冠は将棋の神様と比べたら弱い」

うん、正しいですよ。で、それで何を言いたいの?その文章に何の情報価値もないよね?となるのです。