木原直哉オフィシャルブログ

プロポーカープレーヤー、木原直哉が、思ったことを書いていきます。道場やってます。https://lounge.dmm.com/detail/308/

公教育では個性を潰そうとすべきだ

今、10歳のユーチューバーが話題になってますね。

曰く

「宿題をやりたくない。学校の他の生徒はロボットみたいだ。自分はそうはなりたくない」

とのこと。そしてこの子、父親の影響をすごく受けているようです。

まあ、他人の家庭について必要以上に口出しするのはやめておこうと思いますが。

 

 

よく、

「学校ではもっと個性を伸ばすような教育をすべきだ」

というツイートや主張を見かけます。自分はそれを見かけるたびに、全然違うよ!!と言いたくなるのです。

そもそも公教育(公立の小中学校)は国や自治体がお金を出してやっていて、家庭ではノートや教科書、給食代等しか負担していません。設備費や人件費はすべて国や地方自治体持ちです。

では国はなぜ無料でこのようなことをやっているのでしょうか。

それは投資だからです。

お金をかけて子どもを教育することで、将来労働者として働いてもらい、税金や成果として国に還元してもらうためです。

明治初期の米100俵という逸話があります。

とある藩が飢饉で困っている時に、救援の米100俵が藩に届きます。

それを

「食べてしまえばたちまち無くなるが、教育にあてれば明日の10000俵になる」

として、届いた米を売り学校を建てた、という話ですね。

基本的に教育とはそういう精神で行うべきなのです。

ところで、明日の10000俵とは、当然藩にとっての10000俵です。

教育をした結果、税金や成果として還元してもらう。そのために、先にお金を負担するのです。そう、公教育は、数十年単位で考え、最終的に還元してもらわないと意味がないのです。

ところで99%の人にとっては、個性的な生き方をするより、いわゆる普通な生き方をする方が収入が増えます。当然国や自治体に還元される税金や成果も増えるのです。

 

 

こういう反論が来るでしょう。

「個人の幸せを第一に考えるべきじゃないのか?個人の幸せはどうでもいいというのか?」

そうやってみんなが個性を潰すような教育を受ける。その結果、社会全体が豊かになることで、平均的に個人の幸せも増えるのです。これが公共の福祉という考え方なのです。

 

 

次のような反論も来るでしょう。

「そういう教育をして個性を潰したら、アインシュタインのような成果を出す人が居なくなって返って逆効果では?」

それについてですが、結局自分が思うのは

「そのような教育くらいで潰されるような個性なら、潰された方が結局その人本人にも社会全体にも幸福である可能性が高い」

です。本当に伸ばす価値がある才能は、伸ばそうとしても潰そうとしても、同じように出てきます。そして、そうやって出てきた才能をある程度まで汲み上げるシステムはあちこちにあります。今はネットの発達で、以前よりずっと容易になってもいるのです。

 

 

「とは言っても、うちの子には個性を伸ばして幸せになってほしい」

うん、どうぞ。日本は公立の小中学校に入れなければいけないわけじゃなく、そういうことをやる学校はそれなりにあるし、そこに入ることは認められてます。ただ、先程までの話から、その費用を国や自治体に負担させるのはおかしいですよね。どうしてもそうしたいのなら別にいいけど自費ですべきですよね。

 

 

「学校でもっと世界で活躍出来るように英語教育に力を入れるべき」

まあそれはある程度はそうだと思いますが、日本で教育した人材が海外に行って海外で成果をあげて海外で税金を払うのなら、投資としておかしいですよね。英語が出来たほうが収入も上がるのである程度はそうですが、ネイティブレベルになるまで学校で頑張る理屈はないです。繰り返しますが、教育は日本という国による投資ですから。

 

 

自分も今の日本の学校教育が完璧だとは思いません。教育は神聖化されてはいけなく、あくまで社会による投資対象という認識、そして投資なのだからそれをより効率よく行おうとすべきで、効率がいまいちなところは変えるべき。ざっくりと言うと

・今のテクノロジーを使って教育すれば、もっと投資効率が良く出来るはず。知識がイマイチな先生が全教科教えて間違えたことを教育するのは損です。それはビデオ教材等を導入することで軽減出来る。(それは、個性を伸ばすためじゃなく、しっかり働くことが出来るようにするためですが)

・個性を伸ばすように要求する親をシステムとして無視出来るようにすべき(それによって教師の負担を減らし、教師という職業の魅力を増やして優秀な人が入ってくるようにする)。

・日本で伸ばした才能が世界に行ってしまわないように、日本の大学や研究機関にもっともっとお金を分配すべき。それは授業料の軽減ではなく、研究費として。そしてそれによって、世界で伸びた才能が日本に来てくれるのならば、それはすごく得なことです。

 

 

改善点は多々あると思うけど、大雑把な方向性としては日本の今の公教育は間違えていないと自分は思うのです。