木原直哉オフィシャルブログ

プロポーカープレーヤー、木原直哉が、思ったことを書いていきます。道場やってます。https://lounge.dmm.com/detail/308/

デジタルとオカルト、流れに関する私感

自分は麻雀を元々かなりやりこんでて、大学を留年した主な理由は麻雀だと思います・・・

麻雀界では長らく、どこまで行っても終わりがないデジタル派とオカルト派の論争が続いてますw

そして、同様な議論は実はポーカーでも根強くあるのです。今のポーカーのトッププロはみんないわゆるデジタル側で、オカルト側的な人はどんどん淘汰されていることを考えると、フィールドが厳しくなるにつれてデジタル的思考でなければ勝てないのではと経験的には言えそうです。

その中で、「流れ」というものについて、自分の考えを書きたいと思います。

 

よくある論争としては、「流れはあるか?」と言うやつですね。

ところで、議論をする上で、不可欠なのは、「流れ」というものの定義です。それが違っていたらそもそも話になりません。

 

もし、「流れ」というものが

流れ1「良いプレーをしたり、上がったりしたら、次局の運が良くなる」

という類のものだとすると、自分はその存在を否定します。

 

しかし、「流れ」というものが、

流れ2「前局の上がりが、次局に何らかの影響を及ぼす」

という類のものだとすると、自分はその存在をかなり肯定します。

麻雀やポーカーは基本的に、複数人数がプレーしてます。

その中に、先ほど言った流れ1を強く信じている人がいるとします。

その中で、自分がいい手を上がったとしましょう。次の局、その流れ1を信じている人は、自分を警戒してプレーしてくるでしょうし、他の人のリーチに比べて自分のリーチに対しては降り気味に打つかもしれません。

そうすると、自分は攻め返されることが減るので、上がったり、流局してノーテン罰符を獲得する可能性が高くなるでしょう。

そういう理由で、流れ1を信じている人だらけでプレーしていた場合、実際に上がった次の局はそうでないときと比べて実際に得点期待値が上昇するのではないでしょうか。

ただし、それは流れ1の運の上昇ではなく、流れ2で定義された他の人のプレークオリティーの変化によるものである可能性が高いです。

 

https://twitter.com/Newton_Science/status/103178887483652915

ところで、このツイートを参照していただきたいのですが、完全にきれいにバラけるというのは、真のランダムではありません。

ランダムは多くの人が思っているよりも偏りが生じるのです。クラスの誕生日問題とか有名ですよね。

 

流れ3「ランダムによって生じた偏りのことを流れと呼ぶ」

この定義なら否定しようがないです。

ただ、自分が強く言いたいのは、

「過去を振り返って、今日は運が良かった、運が悪かった、と言うことを指して流れが良かったと言うのなら正しい。ただし、今日は流れがいい(悪い)からと言って、そこから勝負を続行したとして、それはそれまでの運の良し悪しとは無関係である」

という事です。

 

 

ところでこの流れ論、英語ではrun good/badという言い方をしますが、日本独自のものでは決してないのです。

ポーカーでも、全然手が入ってなくてじいいいいっと打ってて、そこでそこそこのハンドが入って参加したとしても、

「あいつは今run badだから、あいつには勝てる気がする」

という理由で参加されてしまうことが結構あるのですw

逆に、すごく参加しててポットを獲得してても、

「あいつは今run goodだからやめとこう」

という感じで割とすっとポットを諦めてもらえたりもします。

流れ2ですね。

デジタル的には正しくないとしても、その時の状況や周りのメンタル面の影響で、全く同じ状況でも、期待値最大になるプレーは変わるということは多々あるのです。

 

 

ところで、話は変わりますが、スポーツ、特に野球なんかは、解説も流れ論だらけですよね。しかし、ゲームと違ってスポーツで流れ論は、みんなが否定するけど、実はかなり有力なんじゃないかと自分は思ってます。

ポーカーは一回の決断に10秒なり30秒なり、そこそこ時間があります。

しかも、ベットする時、1センチ場所がズレたらだめとか当然ありませんw

一方野球では、例えば時速144キロの球は、秒速40メートル。0.01秒で40センチも移動するのです。そのようなボールを打つのに、前後に5センチズレたらホームランが凡打になったりします。

9回の裏、ノーアウト1塁、1点差を追う。そんな状況で前のバッターがゲッツーになってツーアウトランナーなし。これ、相当意気消沈しちゃいますよね。

真剣にやっていても人間の集中力なんて当てにならないもので、多くの場合はプレークオリティーがわずかに落ちるでしょう。一方、ピッチャーの方は一気に集中力が増すでしょう。

その結果、反応が0.003秒ずれた。もちろんそのズレによって運がいい方向にずれるかもしれませんが、悪い方向にズレる可能性の方が高いです。0.003秒ってほんの僅かなズレかもしれませんが、144キロのボールなら12センチ移動します。ヒットできる確率が5%落ちたとすると、打率3割2分の成績の好打者が2割7分の平凡なバッターになるようなものです。

 

一方、前のバッターがヒットを打ってノーアウト1,2塁。

次のバッターは集中力が増すでしょう。

一方、ピッチャーには強いプレッシャーがかかります。18メートル先の的に向かって、5センチ横にズレたらコースが甘いとかいう世界です。少しの力の加え具合が大きな結果の差になるでしょう。

 

もし、本当ならダブルプレーを取れるはずが、守りのエラーでノーアウト1、2塁になったとします。意気消沈具合は非常に大きいでしょうし、助かった側はすごく盛り上がります。

 

こういう話はサッカーでも起こりえます。

以上から、野球やサッカーのようなスポーツでは、一瞬の集中力が大きくものを言うため、ゲームの世界に生きている人よりもよりメンタル面の影響は大きい。

流れ4「集中力の変化が結果に及ぼす影響」

をもって流れと呼ぶのならば、それは大いにありえます。

 

ポーカーや囲碁将棋の場合は、これは非常に小さい要素かもしれません。しかし、格闘ゲームなどでは大きな要素になりえるのではないでしょうか(自分は格ゲーやらないので、やる人の意見を聞きたいところですが)。

 

 

一般的に言う流れというものを4つに分解し、それぞれのものについて、超デジタル派の自分の意見を書いてみました。