ケリーの公式3:見積もるチカラ
ケリーの公式は、上のリンクで書いた通り、結果が2つの場合しか適用出来ません。だからこそ、ゲームのプロの自分が知ってて、投資関係の記事やブログがたくさん出てきます。
しかし、「ケリーの公式」とか「ケリー基準」とかでググったら、投資関係の記事で強引に数字を当てはめたようなものがたくさん出てきます。
じゃあ実際に、3つ以上の結果に対してケリー基準を当てはめてみたらどうなるか考えてみましょう。
60%で勝ち、40%で負けの1対1のベットなら、資産の20%を駆けるのがケリー基準だと先のリンクの記事で書きました。
では、30%で勝ち、20%で負け、50%でチャラのベットだったらいくら賭けるべきでしょうか?
ってこれ、聞くまでもなく、20%ですよね。50%のチャラは関係ないので、30%で勝って20%で負けるのは、60%で勝って40%で負けるのと全く一緒です。
復習です。
f=(p*(b+1)-1)/b
fはかける資産の割合。
pはその勝負の勝率。
bはその勝負のオッズ(US方式)。
これがケリーの公式でしたね。
30%で勝って20%で負けて50%でチャラ。
この場合、pは30%、bは1なので、f=-0.4
そう、この式だと、チャラ分はそのまま負けと同じ扱いになっているのですよね。勝率pしか定義されていないので。
ところで、ケリーの公式は
f=(bpー1×(1-p))/b
では、この式で考えてみましょう。
p=0.3ですが、1-pの代わりに0.2を入れます(負ける確率として)。
すると、b=1なので、f=0.1。つまり10%。
やはり、こう変形した式であっても、f=20%という数字は出てきませんでした。
今回の問題は、50%でチャラなので、そこを無視すれば良いのは間違いないですが、良くありそうなこんな問題
「20%で+100円、10%でー200円、70%で+2円」
という問題だと、70%の部分を無視することは出来ません。
期待値は一回あたり
0.2×100+0.1×(-100)+0.7×2=1.4円です。
取るリスク200円を基準に考えるので、オッズbは100÷200で0.5で
f=1.4÷(200×0.5)=1.4%
と表面上の数字は出てきます。
しかし、先程の50%チャラ問題と同様に考え、期待値を計算した後70%をチャラと思って出てきた数字だと考えると、この場合の実際のfは
f=1.4÷0.3=4.7%
なのだと思います。まあそんなもんかなという感じがしますね。
これくらい単純な問題だと、fを概算で見積もることも可能でした(恐らく間違えていないはず)。じゃあもっともっと複雑な結果だと・・・?
うん、やはり計算するのは不可能です。
計算するのが不可能なものを何とかどれくらいか知りたい。その時に、公式に何とか数字を当てはめてみる、というのは最悪です。
ではどうするべきなのか。それは、見積もりです。うん、分かりますよ、自分の考察が正しいか自信が無いのに、公式以上に難しいことをやらないといけない不安。
先程の例だと、0.3で割ったところですね。公式にはどこにもそんなものは無いけど、30%勝ち、20%負け、50%引き分けからの類推から0.3で割るのが適性だと自分は判断し、この見積もりを出しました。
答えだけをより正確に出すにはプログラムを組むのが一番早いかもしれませんが。
この「見積もる」という力がバックギャモンでめちゃくちゃ大切な要素なのですが、ポーカーでも同じように生きる大切な力だと思うので、慣れてない人は練習してみることをおすすめします。
ちなみに、ポーカーを用いた見積もりの練習は、勝率を見るのが良いでしょう。
AcKd対AdAhの勝率を見て、じゃあ、AcKc対AdAhの勝率を予想して、その後答えを見る。
AdKd対TdThの勝率を見て、その後AdKd対2d2hの勝率を予想する。
AdAs対5h6h、フロップKhQh2dの勝率を見て、その後AdAh対5h6hの勝率を予想する。
そうやって近くて答えがあるものを見つけ、そこから類推するという作業は非常に勉強になるのでおすすめです。
トーナメント優勝することはどの程度評価していいのか
この記事の続きです。
「億り人」になったところで、それがその人が本当に実力があるのかどうかを担保しない、という趣旨の記事を書きました。
そして、ポーカーにおけるトーナメントとの比較も書きました。
ポーカーのトーナメントにおいても、一回大きなトーナメントで優勝したら確実に強いかというと、そうとは限りません。
強い人であるという可能性は、実績が無いときよりはかなり高くなりますが。
ちなみに、スポーツや囲碁将棋などでは、タイトルを取るのは、本当にトップクラスの10人程度に限られるでしょう。その中では、その日の体調だとか、たまたま瞬間の判断だとかが影響するのかもしれませんが、タイトルを取ったら、少なくてもその時はトップ10程度以上の実力は保証されると言っていいでしょう。それが、運が絡むものだと断言出来ないのです。
自分がポーカー界で有名になったのは、2012年にWSOPの5000ドル6マックスPLOで優勝したからです。これも全く一緒で、優勝したからと言って、即強いと考えるのは間違いです。
この時は参加人数が419人。参加費が5000ドル。
当然スキルはバラバラです。確実に言えることは、その中でトップクラスに強い人でも、優勝できる確率は100分の1から200分の1の間。
一方、そこまで強くない人でも、2000分の1程度では優勝できるでしょう。
そう、弱くても優勝は出来るので、優勝したから強いとは、ポーカーのような運が絡むゲームでは言えないのです。
一方、5万ドルPPCと呼ばれるトーナメントがあります。
WSOPの目玉イベントの一つで、かなり多くのトッププロは、メインイベントよりもこちらが格が高いと思っています。
正直、このトーナメントに何度も出ることができれば、それだけでタイトルを取っていることよりも評価されるのです。
出るだけならお金を払えばOKです。なのに何故?
それは、ビジネスの大成功者でない限り、5万ドルのような大金を用意するのは、その金額をポーカーで勝たなければなりません。もしくは、トッププロだらけのそのトーナメントに出場することが期待値プラスだと周囲の人に思われることで出資を受けなければなりません。
つまり、そのようなトーナメントに出場し続けることは、単発で運良く優勝したわけじゃなく、ポーカーで勝ち続けていることの証明なのです。
そう、結局プロは単発で勝ったかどうかではなく、長期に渡って勝ち続けているかどうかが評価の基準なのです。
自分はタイトルを2012年に取りました。そして、その後複数目のタイトル獲得を目指して頑張りましたが、残念ながら結局取れていません。しかし、こうやって出場し続けることは、トータルで勝っていることの証でもあるのです。
表に出ないし、出すつもりもないけど、個人的には高いレート(=厳しいフィールド)のゲームで勝ち続けていることこそが自分のプロとしての矜持でもあるわけです。
そして、そのことは投資でも同じじゃないかなと思います。
生涯収入が2億円として、そこから5000万円を口座に入れることが出来るとして、100万円を1億円にする。
それが出来たとして、そこから先は、追加で口座に入れる事ができる金額よりも、口座に入っている金額の方がはるかに大きいという世界になります。
そうなると、口座残高に対してしっかりと基準を守った運用をしないといけない。
その状態でさらに数年間トータルで勝ち続けることが出来て初めて、その人は(少なくてもその時代においては)真の実力がある投資家だと呼べるのでしょう。
ケリーの公式2:億り人という概念の無意味
こちらの記事の続編です。
投資の世界では、株式投資で資産1億円を作った人を
「億り人」
と呼び、億り人は結構敬意を受けるそうです。
しかし、個人的にはこれ、非常にどうなの?と思うわけです。
仮に100万円を口座に入れて、1億円にする。
これって、高々100倍なんですよね。
言ってみれば、WSOPメインイベントに出て、5万点スタート。そのチップ量が途中経過で500万点になりました。その人は強い?と聞かれても、
「平均よりは強い可能性が高いけど、それをもって強いと認定するのは無理」
と思うのです。
ぶっちゃけ、100人に1人は100倍に出来てもおかしくないわけで、株式投資の市場はバカでかいので、ある月に10000人が100万円を口座に入れ、それを全員が100倍オアナッシングの賭けをしたら、100人は億り人が出るわけです。
100万円を口座に入れて、ケリー基準をきっちり守って運用したとすると(そもそも結果が2つしかないものにしかケリー基準は当てはめられないので、厳密には基準は計算不能ですが、見積もった基準という意味で)1,2年で100万円が1億円になることはまず無理です。だって、前回の記事で、50分の1で資産が100倍になるような、ROIが100%もあるような超利益的な投資でも、基準上では1%が最適とされるのです。100万円が口座に入っていたら、1万円。
しかし一方で、本来のケリー基準が求める前提条件では、このお金が無くなったら即終了、言ってみれば、100万円が無くなったら即死亡してしまうような条件での投資の最高効率を計算するものです。
つまり、その100万円が無くなったら再入金するという条件なら、100万円を全体の資産とみなした運用はリスクを取らなさ過ぎているとも言えるのです。
仮に100万円を口座に入れる人の生涯収入(手取り)が2億円だとし、無理すれば人生トータルで1億円を生活費以外に回せるとしましょう。そこそこ良い収入の職の人ですが、普通にいるレベルでもあるでしょう。
その人は、無理すれば人生トータルで1億円を投資に回せます。
すると、100万円を口座に入金したとしても、ケリー基準における資産は1億円とみなして投資することが正当化されるべきだと思うのです。
つまり、口座に入っている金額を基準にすると一見無茶苦茶な額の運用をしているように見えて、口座残高がそれなりにゼロになる程度のリスクを取ることは、それが期待値プラスの運用である限り、ほぼ正当化されるのです。
仮に100倍オアナッシングのベットをしているとして、その人が50分の1で100倍になる有利な投資をすることは基準を満たすのです。
また、実はケリー基準とは、その基準を超える金額を投資してはいけないというのではなく、それを超えると長期的に見て基準どおりでの投資に比べて資産の増加が遅いというのが正しい理解なのであって、一切投資しないよりはずっと良いのです。
繰り返しますが、期待値がプラスの投資をしている場合に限ります。
生涯で1億円を運用する人が50分の1で100倍になる賭けに100万円を50回賭けたとすると、63%の確率で億り人になれます。
基準的には許されないけど、仮に100分の1で100倍になる賭け(期待値イーブン)に50回賭けたとしても、39%ほどで億り人になれるのです。
なんか、すごく簡単な感じがしませんか?
どうしてこうなるのか、それは、100万円を1億円にしたと聞くと非常にすごいことのように見えますが、資産管理の基準をしっかり守っていると、1,2年で100万円を1億円にするなんて不可能です。
100万円を口座に入れる人は、多くの場合、生涯で1億円(3000万円でも2億円でも人によるけど、例として)を元の資産として投資したとして計算すべきです。
でもこれって、
「100万円を1億円にした」
のではなく、
「1億円を2億円にした」
とみなすべきなのです。確かに口座に入れた金額は100万円だけだったかもしれません。でも、そういう運用が出来るのはもっと大きな金額がバックにある前提なのです。
1億円を2億円にした人がいるとします。
大金ですし、そういう結果を出した人を100人集めたら、結果を出していない人100人集めるより、集団としてみたらずっとずっと上手い集団であることは間違いないです。
世界で一番美味しい大会と言われるWSOPメインイベント。参加費は1万ドル(110万円)。これに出る人は、敗退したらすぐに首をつらないといけないという人は皆無でしょう。
こんな高額参加費の大会に毎年7000人も出るのです。スタートの時点では相当ぬるいフィールドです。残り1000人になったら入賞で、15000ドルが確保されます。スタートよりはかなり強い人率が上がりますが、この時点ではまだまだ弱い人がたくさん残ってます。
残り70人(全体の1%)になった時はかなり平均のスキルは高いです。とは言え、残り70人に入った人は絶対に強いと言い切れるかというと、決してそんなことはありません。
また、残り9人のファイナルテーブルに入ると100万ドル(1.1億円)以上の賞金が確定します。勿論、平均的にはかなり強いですが、弱い人がファイナルに残ることも多々あります。100万円を全員が0か1億円にするわけじゃないので、こっちの方がより近似として近いかも。
ポーカーをやっていると、このことと億り人の話は非常に同じようなものに感じるのです。
ケリーの公式1:ケリーの公式(ケリー基準)とは何か
投資に関して、ケリー基準とかケリーの公式と呼ばれるものがあります。
それは、同じ投資を無限回出来る前提で、いくら資産をかけると一番効率よく資産を増やす事ができるか、という基準で、式としてはリンク先にある通り
f=(p*(b+1)-1)/b
というものです。
fはかける資産の割合。
pはその勝負の勝率。
bはその勝負のオッズ(US方式)。
一番わかりにくいのはbだと思うのですが、日本の競馬式の○倍から1を引いた数字だと思ってください。定義としては、1円かけて勝った時に増える金額、ですね。日本式だとかけた金額まで含めて、トータルで返ってきた金額ですが、アメリカ式は増えた分しかカウントしません。100円かけて300円になったら、日本式では3倍になったと言いますが、アメリカ式では2倍増えた、という感じです。
まあ、日本式の公式に変えたかったら、b+1をBに、bをB-1にしたら全く同じ式になるのでそこはどうでもいいです。
例えば競馬で、50分の1で当たるのに100倍ついている馬券があったとします。
競馬はたくさんかけたらオッズが変わってしまいますので本当はそれは例として不適当かもですが、ビル・ゲイツの100倍の資産を持っている人たちが何千人もいて、ガンガンかけているような架空の世界での話だと思ってください。
すると、pは1/50でb=99なので、fは
f=1/99になります。
つまり、100円かけたら+100円の期待値、ROI(リターンオブインベストメント、投資金額と期待利益の比)が100%の超優良物件ですが、資産の1%しかベットしてはいけないということになります。
ポーカーでいうならば、100人参加のMTTで優勝総取り、自分の実力はその中では非常に高く、50回に1回優勝出来る。しかもレーク(手数料)は無料。
総資産10000ドル。そのトーナメントは、100ドル以上の参加費だったら、投資しすぎであると基準は言うのです。
勝率が60%の勝負だったとします。それならいくらかけるべきでしょうか。
これ、非常に単純で、期待値と同じ分だけかければ良いのです。
勝ちが60%で負けが40%なので、期待値20%。なので、資産の20%をベットすべきなのです。
勝率60%の勝負に資産の20%もベット!?かけ過ぎな気もしますよね。
このケリーの公式、その公式に従ってかけ続けることが資産を最大化させると証明されているようです(自分は証明を知らないので伝聞ですが)。
ただ一点だけ注意して欲しいのは、100万円の資産があって、60%の勝負に20万円かけて負けた場合、次の勝負は80万円の20%で16万円しかかけてはいけないのです。勝負ごとは独立なので、勝負スタートした時にいくらあったかとか無関係なのです。しかし、実際の勝負ではそんなことは相手は受けてくれないですよね、当たり前ですけど。その点で、この基準はあくまで理論的なものです。
また、ゲームではなく、株式投資とかに応用したい場合ですが、1単位持つごとに
10%で1000円負け
30%で500円負け
30%でチャラ
20%で1000円勝ち
10%で3000円勝ち
のように、複数の結果が存在したりします。
このような場合、ケリーの公式をそのまま当てはめることは出来ないのです。
ポーカーのトーナメントなんかも全く同様ですよね。
期待値を計算することは出来て、1単位ごとに
-1000×0.1+-500×0.3+1000×0.2+3000×0.1=+250円です。
ところで、ケリーの公式は
f=(bpー1×(1-p))/b
とも変形出来て、分子は1円のリスクを取った時の期待値、分母は勝つ時のオッズ(=増える金額)となります。
50分の1で万馬券のような、少ない可能性でドカンと当たる賭けは、純粋な期待値が高くてもかけるべき金額は低いということですね。
一方、分子は期待値なので、ケリー基準的には
「期待値がマイナスの賭けは一切行ってはいけない」
とも言えるわけだし公式から導出されるマイナスの数字からは、もし可能なのであれば、式から出てくるような資産割合で逆張りやサイドベットをすべきとまで言うのです。
ただし、これはあくまでポーカーのトーナメントなどを投資対象とみて、投資効率を最大化させるための数学的な背景の理論です。
しかし、ディズニーランドに行くことを考える時に
「期待値-10000円だから行くべきではない」
とかやらないですよねw
楽しいとか人生における幸せとかは数学の公式は一切考えてくれないのです。モチベーションも考えてくれないし、健康も体調も考えてくれないのです。
期待値マイナスだから5000円のトーナメントに出ない、と言うのは、期待値マイナスだから5000円の御飯は食べない、と同じくらい無意味だということを付け加えておきます。
ベットする理由
結構前のmiaさんの翻訳記事です。
いい記事を沢山翻訳されているので、存在を知らなかったという人は是非読んでみてください。
で、この記事ですね。要約すると、
今まではベットする理由は
・バリューベット
・ブラフ
の2つしか無かったけど、それは今の目線から見ると違う。本当は
・勝つ時のポットを大きくするため
・相手のエクイティーの実現を否定するため
の2つである。
というものです。
うーん、言いたいことは非常によく分かります。でもですよ、そのベットの理由を、具体的にプレーに活かすことを考えると、どうするの?となるわけです。
ある程度以上強いプロなら普通に分かるのですよ、その感覚。でも、それを言われたところで、じゃあどうしたら良いかというのが一般の人には全く分からないですよね、この表現だと。
そして、そんな曖昧な表現を導入することで、従来の考え方は間違えていると主張するのはどうなんだろうと思うわけです。
「今まで出てきたベットする理由は間違えている!
ベットする理由は一つしか無い!
・ベットした方が得な時にベットすべきだ!」
いや、そりゃ絶対に合ってるけど、「で、どうすればいいの?」となりますよね。
それと同じようなことをこの主張には感じるのです。
物理を最初に勉強する人に、相対性理論を教えるようなものを感じるのですね。物理を最初に勉強する人はやっぱりニュートン力学から学ぶべきなのです。
それと同じ感じで、ベットする理由としては、従来どおり
・強いハンドで稼ぎたい
・自分と同等かそれ以上のハンドを降ろしたい
の2つを念頭に置くようにいう方がやっぱり実用的なんじゃないかなと思います。その2つだとトップレベルのプレーにはついていけないですが、それは何も新しくなくて、10年前からそうでしたから・・・
まあ、記事としては、今のトッププロはこう考えているというのを紹介したものですし、内容も正しいと思います。自分は読んでて非常に面白かったです。また、翻訳は非常に読みやすいものです。
ただ、初中級者が鵜呑みにするとちょっと危険というか、混乱しやすくなる記事かなと感じたので。
公教育では個性を潰そうとすべきだ
今、10歳のユーチューバーが話題になってますね。
曰く
「宿題をやりたくない。学校の他の生徒はロボットみたいだ。自分はそうはなりたくない」
とのこと。そしてこの子、父親の影響をすごく受けているようです。
まあ、他人の家庭について必要以上に口出しするのはやめておこうと思いますが。
よく、
「学校ではもっと個性を伸ばすような教育をすべきだ」
というツイートや主張を見かけます。自分はそれを見かけるたびに、全然違うよ!!と言いたくなるのです。
そもそも公教育(公立の小中学校)は国や自治体がお金を出してやっていて、家庭ではノートや教科書、給食代等しか負担していません。設備費や人件費はすべて国や地方自治体持ちです。
では国はなぜ無料でこのようなことをやっているのでしょうか。
それは投資だからです。
お金をかけて子どもを教育することで、将来労働者として働いてもらい、税金や成果として国に還元してもらうためです。
明治初期の米100俵という逸話があります。
とある藩が飢饉で困っている時に、救援の米100俵が藩に届きます。
それを
「食べてしまえばたちまち無くなるが、教育にあてれば明日の10000俵になる」
として、届いた米を売り学校を建てた、という話ですね。
基本的に教育とはそういう精神で行うべきなのです。
ところで、明日の10000俵とは、当然藩にとっての10000俵です。
教育をした結果、税金や成果として還元してもらう。そのために、先にお金を負担するのです。そう、公教育は、数十年単位で考え、最終的に還元してもらわないと意味がないのです。
ところで99%の人にとっては、個性的な生き方をするより、いわゆる普通な生き方をする方が収入が増えます。当然国や自治体に還元される税金や成果も増えるのです。
こういう反論が来るでしょう。
「個人の幸せを第一に考えるべきじゃないのか?個人の幸せはどうでもいいというのか?」
そうやってみんなが個性を潰すような教育を受ける。その結果、社会全体が豊かになることで、平均的に個人の幸せも増えるのです。これが公共の福祉という考え方なのです。
次のような反論も来るでしょう。
「そういう教育をして個性を潰したら、アインシュタインのような成果を出す人が居なくなって返って逆効果では?」
それについてですが、結局自分が思うのは
「そのような教育くらいで潰されるような個性なら、潰された方が結局その人本人にも社会全体にも幸福である可能性が高い」
です。本当に伸ばす価値がある才能は、伸ばそうとしても潰そうとしても、同じように出てきます。そして、そうやって出てきた才能をある程度まで汲み上げるシステムはあちこちにあります。今はネットの発達で、以前よりずっと容易になってもいるのです。
「とは言っても、うちの子には個性を伸ばして幸せになってほしい」
うん、どうぞ。日本は公立の小中学校に入れなければいけないわけじゃなく、そういうことをやる学校はそれなりにあるし、そこに入ることは認められてます。ただ、先程までの話から、その費用を国や自治体に負担させるのはおかしいですよね。どうしてもそうしたいのなら別にいいけど自費ですべきですよね。
「学校でもっと世界で活躍出来るように英語教育に力を入れるべき」
まあそれはある程度はそうだと思いますが、日本で教育した人材が海外に行って海外で成果をあげて海外で税金を払うのなら、投資としておかしいですよね。英語が出来たほうが収入も上がるのである程度はそうですが、ネイティブレベルになるまで学校で頑張る理屈はないです。繰り返しますが、教育は日本という国による投資ですから。
自分も今の日本の学校教育が完璧だとは思いません。教育は神聖化されてはいけなく、あくまで社会による投資対象という認識、そして投資なのだからそれをより効率よく行おうとすべきで、効率がいまいちなところは変えるべき。ざっくりと言うと
・今のテクノロジーを使って教育すれば、もっと投資効率が良く出来るはず。知識がイマイチな先生が全教科教えて間違えたことを教育するのは損です。それはビデオ教材等を導入することで軽減出来る。(それは、個性を伸ばすためじゃなく、しっかり働くことが出来るようにするためですが)
・個性を伸ばすように要求する親をシステムとして無視出来るようにすべき(それによって教師の負担を減らし、教師という職業の魅力を増やして優秀な人が入ってくるようにする)。
・日本で伸ばした才能が世界に行ってしまわないように、日本の大学や研究機関にもっともっとお金を分配すべき。それは授業料の軽減ではなく、研究費として。そしてそれによって、世界で伸びた才能が日本に来てくれるのならば、それはすごく得なことです。
改善点は多々あると思うけど、大雑把な方向性としては日本の今の公教育は間違えていないと自分は思うのです。
ポーカーや麻雀における運と実力の割合
取材を受けると、
「ポーカーにおいて、運と実力の割合はどれくらいですか?」
と聞かれることが多々あります。
この質問って、非常に答えづらいです。短期だったらとか長期だったらとか言い出したらキリがないですが、本質的に一番答えづらい理由としては
「単位が揃ってない」
ってことです。
すごく平たく言うと
「1メートルと1キログラムはどっちが大きいですか?」
って聞かれたら、答えるのって無理だと思いませんか?
直径1ミリメートルの針金1メートルと1キログラムだったらどっちが大きいですか?なら、どちらもキログラムに単位が揃ってますので答えられるのです。
例えば、10bb/100位の実力がある人(ライブの良くあるくらいの勝ち組)が300ハンド(1日の稼働ハンド数)打ったとしましょう。
すると、1日で30bbくらいの利益を見込むことが出来ます。
一方、標準偏差は100ハンドなら、ざっくり100bb/100くらいです。NLHEならもうちょっと小さいし、PLOならもうちょっと大きいですが、まあざっくりのオーダーとして。すると、300ハンドならルート3倍して、170bbくらいが1σ。タイトな人なら小さくなるし、ルースなら大きくなります。
一日の結果で平均的にチャラからどの程度離れるかという数字ですね。
まあ、こんなもんって感じがしませんか?
そうすると、分散(運の要素)が170bbで実力が30bb、運と実力の割合は85対15と言えるでしょう。
全く同じゲームにもっと強い人が参加してて、その人の期待利益は30bb/100だとすると、1日で90bb。
すると、170対90で65対35くらい。
一方、これを300日繰り返したとすると、ハンド数は9万。
標準偏差は100×ルート(90000÷100)=3000
一方実力の部分は、30×300=9000
運対実力=25対75
もし30bb/100の実力なら、実力部分が27000になるので、
運対実力=10対90
になるのです。
こうやって強引に単位を揃えて強引に仮定を当てはめて、本来は結果から推測するしかない期待利益を分かっているものとして、その上で期間を決めてやっと計算できるのです。しかもこの数字はテーブルごとに違うはずですが、それもざっくり均一にしてるわけですし。
うんまあ、こんなことを取材の場で言っても理解してもらえないですよねw
なので仕方なくこう言います。
「まあ大体五分五分と思ってください。一日単位だといくらでも負けるし、一週間単位でも普通に負けうるけど、一ヶ月単位だとほとんど負けないですね」
さっきの数字で、30日(9000ハンド)、30bb/100だと、標準偏差が950bb、期待利益が2700bbになるわけです。3σ行くとマイナスになりますね。実際はその他にホテル代とかもかかるわけですが、まあ一ヶ月単位だと「ほとんど負けない」という表現がぴったりかなと思います。10bb/100の期待利益だと、標準偏差が950bb、期待利益が900bbなので、7割方勝つけど、負ける月もある、くらいになります。
これですら、
「毎日、比較的ぬるいライブキャッシュゲームだけを打ち続けたら」
という仮定が入っているわけです。トーナメントとかは含めず、です。
そして、高いレート(きついレベルとほぼイコール)だと、期待利益が下がるのでより一ヶ月単位でのマイナスは起こりますね。
まとめると、運と実力はどれくらいの割合ですか?と聞かれたら
実際の発言「まあなんとも言えないけど五分五分ですね」
心の声「単位が揃ってなくて答えようがないからそんなこと聞かないでよ!」
ってな感じですw